3分間でよく分かる人生の意味、生きる意味はなんですか?

魔法のヒント10

  • HOME »
  • 魔法のヒント10

 


{魔法のヒント ⑩}

すべてのルールを疑え!

* 自然を大切にする。 

* 物を大切にす る。

* 食べる物を残 さない。

* 他人の迷惑に なることはしない。

* 殺人や犯罪は 悪いこと。

全部当然正しいことのように思える。

でも本当に正しいのだろうか?

これらの意見についてもう一度よく考えてみよう。

時代、人種、国、年齢、性別が違っていても

みんなが納得できる合理的な理由があって

正しいということを一つずつ確認してみよう。

 


* 自然を大切にする。 

この意見には、いつも感じている疑問がある。

私には、自然と自然じゃないものを区別する基準がよく分からない。

自然保護、環境保護という言葉があるが、何を保護すればいいのだろう?

きれいな川や海だけを保護すればいいのだろうか?

蚊、蝿、ゴキブリ、雑草、などは保護しなくていいのだろうか?

そういえば昔「地球にやさしい」なんていうキャッチコピーがあったが、これは大嘘だろう。

自然保護、環境保護というのは、決して地球の為ではない。

これは人間が快適に暮らす為のものだ。

その証拠に、害虫、雑草、病原菌は保護してない。

保護するのは人間にとって都合の良い自然だけだ。

こんなことで本当に自然を大切にしているといえるのだろうか?

「自然を大切にする。」

この言葉のイメージに騙されてはいけない。

現代人が 100%自然のジャングルで暮らせるわけがないだろう。

本当は環境破壊もやりすぎると自分達が困るから

ある程度は自然も大切にしましょうというだけのことだ。

それでも本気で環境保護を考えているという人がいるなら方法は一つしかない。

今すぐに核ミサイルのボタンを押すことだ。

人間が地球上からいなくなれば本当の自然保護ができる。

後の心配はいらない。

少々放射能で汚染されたって地球全体から考えれば薄皮一枚汚れたぐらいのことだ。

もともと何十億年もかけて出来上がった地球の歴史から考えれば

人間のすることなんて核戦争を起こしたところで蚊に刺されたぐらいのものだ。

一億年もすれば放射能も消えて新しい生態系もできているだろう。

地球や他の動物からすれば人間なんてさっさと消えてくれたほうがいいはずだ。

中途半端な環境保護なんかで人類文明が長く続いたらそれこそ迷惑だろう。

 


* 物を大切にする。

これは正しいかどうか考えるまでもない。

なにしろ根本的に矛盾している。

もし「物を大切にする」ということをみんなが実践すれば、

電気製品、車、家具、衣類、は売れなくなり、世の中は不景気になってしまう。

みんなが物を消費して新しい物を買わないと、資本主義経済は成り立たない。

つまり「物を大切にする」というのは資本主義をやめろということだ。

私には資本主義をやめたほうが良いのか続けた方がいいのか分からないが、

とりあえず今住んでいるのは資本主義の国だ。

資本主義に代わる新しいシステムができるまで、

あまり物は大切にしない方が世の中の為になるだろう。

 


* 食べる物を残さない。

この意見は 二、三十年前なら納得できただろう。

食料があまり無くて、栄養が不足している状態で

食べ物を残すというのは非効率的だからだ。

しかし現代人のように食料が余って栄養過多になっている状態で、

満腹なのに無理してでも食べる物を残さないというのは合理的ではないだろう。

食べ物を残さず食べたという自己満足には浸れるだろうが、

余り無理して食べれば肥満や糖尿病になって医療費を無駄使いするだけだ。

栄養摂取ということに関してはどんな機械を使ったカロリー計算より

人間の脳が一番のコンピューターだ。あてになる。

それなのにそのコンピューターに逆らって食べ続ければ健康を損なってしまう。

自分がもう食べたくないと思えば残せば良い。その方が合理的だろう。

結局「食べる物を残さない」というのは一昔前のルールだ。

現代社会にあてはまるような合理的な理由は見つからない。

 


* 他人の迷惑になることはしない。

確かにこれは正しい意見に聞こえる。

なぜなら、もし自分が他人に迷惑をかけられたら嫌な気分になるし、

普通の人間ならば他人になるべく迷惑はかけたくないと考えるからだ。

しかし、この「他人に迷惑をかけない。」というのは

どの程度まで迷惑をかけないようにすればいいのだろう?

他人に全く迷惑をかけないように生活するのなんて不可能だし、

地球や他の動物からすれば人間なんてガン細胞みたいなものだ。

人間一人が一生に消費するエネルギーや食料をちゃんと計算してみれば

すごい量になるはずだ。

私はこれだけ色んなものに迷惑をかけてまで生きる価値のある人間なのだろうか?

「他人の迷惑になることはしない。」なんて教えてもらう前に、

もっと根本的な問題「人間が何の為に生きているのか?」ということを教えてもらわないと

この先どう生きればいいのか分からない。

もし本当に誰にも迷惑をかけてはいけないのなら死ぬしかなくなってしまう。

太宰治みたいに「生まれてきてごめんなさい。」と自殺するしかない。

 


* 殺人や犯罪は悪いこと。

最後に善悪について一番極端な例を考えてみることにした。

もし殺人、犯罪が悪でないならば、世の中に善悪の基準、絶対正義というものは

存在しないということになるだろう。

現代社会では、一般的に法律を守らない人間が犯罪者と呼ばれる。

でも、犯罪者はなぜ法律を守れないのだろう?

理由として、精神的に弱い、モラルの欠如、色々なことが考えられる。

しかしこれは本人が悪いのだろうか?

悪いことをするのは本人の責任で、犯罪者には罰を与えれば済むという理屈は

おかしくないだろうか?

人間の性格、行動は本人が決定しているように見える。

しかし、生まれたときから犯罪者になることが決まっている赤ん坊はいないはずだ。

生まれた時まで さかのぼって考えれば、人間の性格行動を決定するのは

環境、経験、教育、etc‥‥であり本人ではない。

こう考えると、犯罪者というのは不完全な社会システムの産物であり、

本人の責任でないのは明らかだ。

犯罪による被害者の感情論を抜きにして考えれば、

教育という洗脳に失敗した欠陥品を処分するという今のやり方では

何百年たっても犯罪はなくならないだろう。

そして、もっと根本的なところまで考えれば、

私を含め現代社会で殺人や犯罪を悪いことだと言っている人間は、

自分が殺されたり、酷いことをされるのが嫌だから身の安全や生活を守る為に

利害が一致した人間が集まりルールを作って、自分達はそのルールを守るから

みんなもルールを守れと言っているだけのことだ。

そして、ルールに従わない人間は、

閉じ込めておく(刑務所)か殺してしまえ(死刑)ということになっている。

とんでもないワガママだ!

殺人や犯罪は悪いことだと言っておきながら、

自分達にとって迷惑な人間は閉じ込めとくか殺して当然と言っている。

こんな矛盾した理屈はないと思うが誰もおかしいとは思ってない。

やっていることはカルト教団と同じだ。

民主主義、資本主義教団に都合の悪い人間は閉じ込めとくか殺せということだろう。

つまり、今まで最低限正しいと思っていた法律とか正義は、

実は民主主義教団の信者の数による暴力だ。

カルト教団が殺した人間の数より、

民主主義教が死刑や終身刑にした人間の数のほうがはるかに多いのに

ほとんどの人にはそれは当たり前のことらしい。

しかも自分が民主主義教の信者で、間接的に殺人をしているという自覚すらない。

恐ろしいことだ。

もしかしたら「私達は洗脳されている?」のかもしれない。

私達は自分で思っているほど、まともでも善人でもない。

本当にあなたが善人ならば、自分が殺されるとしても文句は言わないはずだ。

キリストやソクラテスは殺される時、文句は言わなかったし、他人を罰したりはしなかった。

自分に危害を加えた人間に復讐するということは、自分も危害を加えた人間と同類だ。

たとえ法律を利用して相手を罰したとしても、それは間接的な復讐だ。

直接自分の手で復讐したのと大して変わりない。

しかも間接的な復讐は、自分の手を汚さずに仕返しをして、

その上自分は正しい事していると思っているのだから余計たちが悪いくらいだ。

結局、人間はやられたらやりかえすという感情で動いている。

今まで正しいと信じていたことも根本までよく考えてみると正しい理由なんてどこにもない。

全部、ただのこじつけか屁理屈だ。

多分、絶対正義なんてものは何処にも存在しない。

今までの価値 観、モラル、常識、全部何の根拠も無い。

それなのに私は、不思議なことに今までこの矛盾だらけの世の中に

あまり疑問を持ってなかった。

疑問を持たないように子供の頃から、

これは当たり前のこと、あれは当然正しいことと教育されてきたからだ。

家庭、学校、社会、TVでずっと騙され続けてたんだ!

宗教の盲信的な信者でもないのに、理由や根拠の無い事を信じ込まされて、

しかも本人がそれに気が付いていなかったなんてとんでもない話だ。

これは一種の洗脳(マインドコントロール)みたいなものだ。

 

「自分が洗脳されている!」

 

今まで自分が洗脳されているなんて考えたこともなかった。

ずっと自分の自由意思で行動、生活していると信じていた。

大間違いだ。騙されている。

 

自由意思なんていうのは洗脳された中での狭い枠の自由でしかなかったんだ。

個人の自由や人権の尊重なんていうキレイ事は大嘘だ。

 

「多分、私達は本当に洗脳されている。」

 



前のページへ戻る

PAGETOP
Copyright © 魔法の哲学 All Rights Reserved.